時代が求める女に運は向く
『光の女』より『影の女』
同じ数だけ運が転がっていても、それを捕まえられる人と捕まえられない人はいると思うけど
最初から運が悪い女っていうのは、本当はいないと思う。
努力したらその運は必ず自分のものにできたのに努力が足りなかったり、
運が遠そうだったからトライすらしなかった人が、後で自分の非を認めたくなくて
運がなかったとエクスキューズに使っているだけのこと。
運がいいように見える人は、必ずそれだけのことをしているんですよ。
運って努力しないと捕まえられないでしょ。
恋愛運にしたって仕事運にしたって、スイスイいってるように見える人っていうのは、
必ず努力していて、その努力はまず人には見せないもの。
それぞれが持っている才能は同一じゃないけど、努力でなんとかそれを補うことはできますよね。
それを補わないまま、才能があって努力を惜しまない人と勝負しようと思ったって、かなうはずがない。
自分が運が悪いと思うのなら、努力する。
努力を惜しむのなら上を見ない。
つまり、運を呼ぶには自分を知り分相応の人間になることが大切なんですよ。
自分は運が悪いと思うのは、今の自分が嫌いだからでしょう。
嘆いたり人に嫉妬を感じる前に、まず、自分を分相応に認めて、その上で、向上心を持つ。
自分だって欠点だらけの人間なのに、人の欠点にばかり目がいって、
どうして私はいい人とあわないんだろうと思ったりするのは結局運の悪い人ですよ。
10年代なんかはそれで通用したかもしれないけど、今は世の中の景気も悪いんだから、
考え方も変えなくちゃ自分の中に運のバイオリズムがあるように、時代にも運のバイオリズムがあるのだ。
今は全体的に言って運の数が少なくなっているだろうし、サイズも小さくなってると思う。
だからいい話なんてもう転がっていないくらいに思って人間関係や仕事を築いていく。
そしたら欠点もあるけどこんなにいいところもあると気づけるでしょう。
分不相応にあれもこれも望まずに、これだけは手に入れたいから、あっちはいいやというふうに考える。
別の言い方をすれば、光の女の時代は過ぎて、2番手の影の女がいいっていう時代になってきたんです。
これだけ癒しのグッズや電話相談、占いが流行してるってことはみんな疲れているからで、
そこへ”私が私が”ってやられると、うんざりしちゃうだけ。
今求められているのは、一緒にいると癒されるような、芸能人でいえば渡辺直美のような
一歩ひいて相手の気持ちを思いやったり優しくなれるような女性。
運っていうのは孤島にいて空から降ってくるものじゃなくて、人が運んできてくれるものだから、
人からいいなって思われる人にも運もやってくるっていうことになります。
作家の麻生圭子さんも、シャネルだグッチだの時代を通り過ぎて、
男性に求めるものが変化したとき、大きな運がやってきたといってます。
麻生『30代になってから不幸な生活が続いていたんだけど(笑)。
私、いつも自分に言い聞かせてたんですよ。私にはまだお楽しみが残されている、
私にももう一声かかるはずだ、だって、
一生のうちの運の量はみんないっしょなんだからって、そしたら本当にきた(笑)』
すべてが欲しいと望む一番手の女は望まれず、逆にどうせわたしなんか…..
と考える3番手の女には運がきてもつかめるはずがない。
自分が何を求めてるのかを知り、そのための努力を惜しまないことが大切です。
でもすべてが通用しない時代もある。
今まさにそんな時代。
世界全体が病気である。
どうしようもない。
この日本において食べるのがやっとというひとも。。。
こんな時は希望さえも毒になる。
でも冷静になってしぶとく前に進むしかない。
時間ばかりあっても。。。することがない?
テレビやスマホに夢中になりがち?
でも、なるべく、雑多な情報を完全にとめて。。。本とか読んでみたりって
いうのも意外と毒消し魔除けになると思います。
ではでは。。。この辺で